江戸時代中期の安永年間、綿の畑をもち製綿の傍らこの位置に宿屋を開業いたしました。又、四代目当主が明治時代初期に名庭師 美石 に築庭させた中庭 楳松園・数奇屋の茶席 楳松庵 などは、現在もその名残を伝え綿屋のシンボルとして愛され続けております。
江戸時代初期の正得三年、傷ついた雁が泉流に浴しているところを発見した事から始まります。以来北国街道の宿場町、越後一の宮 弥彦神社 の参拝客の遊里として栄え、新潟県の芸妓の発祥の地に相等しい名妓を育ててきた由緒ある温泉地でもあります。また、近年になり、希に恵まれた自然をより楽しめるよう環境の整備がなされ、お子様からシルバー層に至るまでお楽しみ頂ける温泉地とし全国よりお越し頂いております。